2011年12月31日土曜日

MOTVシリーズあらすじ MOTV2-技術と社会シリーズ


各作品のあらすじ 

■MOTV2「イノベーションの世紀:技術と社会」シリーズ

10.  電気の時代の到来 ~エジソンの天才と苦悩
人々の生活を一変させたエジソンの大発明-電球と電力システム-の開発と普及のプロセス、および、エジソンの直流電力システムが新技術(交流電力システム)に代替されていくプロセスが描かれている。エジソンは、それまで不可能と言われていた実用的な電灯の発明を成し遂げ、さらに、各家庭に電球を灯すための一連の電力供給システムを開発し、社会に普及させていった。エジソンは電球および電気システムの開発にわずか6週間という期限をきったが、実際には、その目標をはるかに上回る長い年月が費やされた。開発に成功したシステムの実地試験は成功裏に終わったものの、社会的な普及には予想より時間がかかった。人々の電気の安全性に対する不安などが普及を阻害したためだ。大々的な宣伝活動で不安の払拭に成功すると、エジソンのシステムは社会に受容されていく。だが、この成功は、他方で新規参入を促した。特に、ウェスティングハウスの交流型電力システムは、エジソンのシステムよりも優れていた。エジソンは交流システムについて過剰ともいえる攻撃をしかけたが、結局は自らの評判を落としただけで終わった。やがて、エジソンの直流システムは交流システムに代替されていく(57分)。

11.  ピル ~経口避妊薬誕生への闘い
アメリカ社会で経口避妊薬ピルが開発され、普及していくプロセスとピルのもたらした社会への影響を描いている。多数の子供を抱えて女性たちが貧困にあえいでいる状況をみてきたサンガーは、産児制限を求めて戦っていたが、その成果は限られたものだった。当時の社会は、女性が男性にコンドームの使用を求めることも、性行為について口にすることも憚れる時代で、女性はただ受身の立場で妊娠を繰り返すだけだった。彼女は避妊薬を求めて、学会から冷遇されていた生殖生理学者ピンガスにその開発を依頼、さらに、かつて女性参政権運動の同志だったマコーミックから資金提供の協力を取り付けた。研究に着手したピンガスは、プロゲステロンに排卵抑制の効果があることを立証し、当時同じ効用を見出してピルを開発したものの用途を見出せなかったGDサールからサンプルを取得した。小規模臨床実験にむけてカトリック信者であり不妊症専門医のロックを巻き込み、さらに、食品医薬品局の認可を取り付けるためプエルトリコで大規模臨床実験を行った。結果は100%に近い避妊を実現できるものの、副作用のため実用化には耐えられないというものだった。ロックやピンガスはそれを無視、GDサールが避妊薬ではなく生理不順治療薬として発売に踏み切ると、情報がもれたこともあってあっという間に女性への投与が進む。やがて食品医薬品局の認可が下りると、ピルは黒人女性も含めて全国に急速に普及していった。しかし、その副作用が問題になり、社会不安を巻き起こす。上院で開かれた公聴会では、傍聴人として参加していた女性団体からその危険性を知らされていなかったと激しい抗議が行われた。この結果、ピルは改善され、製薬会社には潜在的な危険性について告知する義務が与えられた。カトリック教会は産児制限をするピルに対し受け容れられないとの判断を下したが、ピルは女性を出産・育児から開放し、社会進出を促した。経済的な自立を手にした女性は、自らの権利を社会に対して主張するようになり、医者と患者の関係も変化した(53分)。

12.  遺伝子組み換え食品 ~技術革新の光と影
遺伝子組み換え(GM: Genetically Modified)食品が、安全性を主張する科学者の努力や意義を強調する途上国の訴えにもかかわらず、西側諸国の消費者の反発に合って実用化が進まないいきさつが描かれている。GM技術は1980年の植物における遺伝子組み換えメカニズムの発見とそれに続く多くの応用研究によって、1990年後半にやっと農業分野での実用化にまでこぎつける。その間、安全性に対する客観的なデータは積み重ねられ、多くの機関の検査にもパスした。GM技術は、害虫や雑草といった問題に悩んでいる西側諸国の農業従事者はもとより、農業の低生産性と低栄養価による食糧不足と栄養失調という深刻な問題を抱えている第三世界で特に期待が高かった。しかし、GM技術の実用化が始まった頃、西側諸国の富裕層を中心にGM食品の安全性に対して不安が起こり、それが大きな反対運動に展開していく。反対運動は、科学的なデータ(根拠)に基づくものではなく、むしろ直感・感情・イデオロギーの影響が色濃いものだったが、GM技術の利用や開発投資をめぐる企業行動を左右するようになった。こうして、GM食品はその科学的安全性が証明され、恩恵を十分に期待されながらも、実用化には結びつかずに、市場から消えつつある。(79分)。

13.  国際メディア帝国 ~マードック一族の野望
ルパート・マードックが父から受け継いだオーストラリアのメディア事業を、エンターテイメントの世界を含めて国際的なメディア帝国へと拡大していったプロセス、および、帝国を子供たちに引き継がせたいというルパートの願望とその現実が描かれている。ルパート・マードックは、ロンドン留学中に父キースが急逝し、「アデレート・ニュース」の経営を受け継いだ。彼はこの地方紙をベースに、低俗なタブロイド紙から高級なオーストラリア全国紙まで手がける一方で、テレビ局買収などメディア事業を拡大した。1968年にはロンドンに進出し、タブロイド紙で稼ぐと、続いてその資金をベースに、1970年代にはニューヨーク(NY)進出を図る。NYでは当時赤字だった「ニューヨーク・ポスト」と「ニューヨーク・マガジン」を買収し、1985年にNYの市民権を取得すると、念願だったテレビチャンネルや「21世紀フォックス」の買収に乗り出し、エンターテイメントの世界にまで帝国を拡大する。ルパートも、その子供たちも、マードック家では競争が奨励され、幼いときからメディア・ビジネスについての考え方を父から教えられた。ルパートは父から受け継いだ事業帝国を子供たちに託したいと望んでいるが、すでに同家の出資比率は30%程度と低く、高齢のルパートが他界すれば求心力を失って同族経営の維持は難しくなることが予想されている(57分)。